ブログ:外の人

マンガ、アニメ、特撮、SF、プロレス、ロックなどの趣味ジャンルで見聞きしたこと思いついたことを外の人の立場でテキトーに書くブログ

映像化された作品での軌道エレベーターの扱い

地球と宇宙の行き来で大気圏離脱や突入を描くとドラマチックになる。

わかりやすいのは1stガンダムこと機動戦士ガンダムでの大気圏突入直前の戦闘のエピソード。

ジオン側のモビルスーツが断末魔を上げながら燃え尽きてしまう。

主人公機は謎の冷却フィルムでしのいで、電離層で通信できなかった状態から脱して母艦と交信して合流する。

大気圏離脱の方では後継番組のZガンダムでの敵方の猛攻をかいくぐりながらなんとか宇宙へ飛んでいくドラマの描き方は印象に残っている。

 

このあたりの作品が制作された時代はNASAスペースシャトル全盛期でシャトル型の機体での宇宙と地球の往還が描かれることが多かった。

その後軌道エレベーターの概念やカーボンナノチューブの存在などで近未来には軌道エレベーターでの往還が一つのイメージとして定着していく。

 

しかし、近年映像化された作品(地球と宇宙の行き来を描いた作品が少ないのだが)で、軌道エレベーターのある未来像を示しているものが少ないように思う。

ガンダム00では軌道エレベーターが様々なドラマを生んでいたけど、これとて10年以上前。

キャプテン・アースは出撃シーンでロケット打ち上げて軌道上のメカとドッキングとかやってたけど、地球への帰還はほぼ描写がなかったように思う。

垂直に打ち上げるマスドライバー静止軌道にまで到達するようなものにしてもよかったように思うけど、緯度が厳しいのと敵の攻撃対象として狙われやすい。

 

近年は宇宙に行くより異世界に行くほうがウケがいいようなので、宇宙ものって少ないけど、軌道エレベーターSFみたいなのはあってもいいんじゃないかと思う。

 

 

その芸人は何がウケてテレビに出るようになったんだ?

関西に住んでいるので、関西ローカルで面白い芸人はある程度分かる。漫才やネタをたっぷり見せてくれる番組も多い。

でも、東京キー局のバラエティに突如現れる芸人はよくわからない。

おそらく東京ローカルのお笑いライブなどで人気が出てきた人なんだろうけど、出てきた背景や得意の持ちネタもよくわからない人が「大人気です」と紹介されるのに違和感がある。

逆に言えば関西でそこそこ人気が出てきた芸人が東京進出したら、東京の人は関西での事情はわからないだろう。

だけど、東京キー局ではネタをたっぷり見せてくれる番組がほぼないので、結局何がウケてるのかわからない人たちがバラエティのひな壇に出てくる。

東京でも関西でもない地域の人が見たら更にわからないのではなかろうか?

 

今はyoutubeがあるので、気になったら芸人の名前で動画を検索したら分かるのだろうけど、そういうことをしようと思うほどの(自分の時間を割いてまで見たいと思うほどの)魅力的なキャラクターは見当たらない。

 

一応、得意な一発ギャグをやりやすいようにバラエティのMCは気を配っているようだけど、言ってはなんだが、もっとじっくりと芸を見せる番組をやったほうが芸人たちもやりやすいのではなかろうか?

冥王斑の謎

今読んでいるのは小川一水の大長編「天冥の標」全10巻17分冊。

8巻PART1まで読了してます。

この先に今思ってる疑問の回答があるのかどうかわからないけど、ここまでで疑問に思ったことなどを。

この作品世界の大きな縦軸になっているのが冥王斑という病気。

ウィルス性の感染症で発病すると高熱と脇の下のリンパ節が腫れ上がって痛すぎて腕を上にかざさないといけない。最大の特徴が目の周りの鬱血による斑紋。

そして、致死率が原種ウィルスで95%というものすごい病気。

さらにやっかいなのが、発症して生き残ってもウィルスの感染性が衰えないので、回復患者は死ぬまで隔離しないといけないという点。

1巻(西暦2800年頃)でも出てくるんだけど、このときは根治薬を自律ロボットのフェオドールが持っていて、根治できた。

2巻(201X 年)で初めて人類社会に登場して、冥王斑の回復患者群《プラクティス》の起源が描かれる。

その後、火星に進出し、火星と木星の間の小惑星帯にも進出した人類はこの病気と付き合い、ウィルス自体も変質して致死率も二割くらいまでになる。

でも回復者の感染性の問題は解決しなかったので感染して生き延びた人は問答無用で《プラクティス》が集住しているところに入れられる。

この《プラクティス》の議長を代々受け継いでいるのが最初に集住地域の統治を行った人物の家系。

親から垂直感染しているので、ウィルスのキャリアなんだけど、発病していない人物もいる。だけど目の周りには発病時の鬱血による斑紋がある。

これはどうにも不思議だ。

また、8巻で主要な人物の一人が感染して回復するんだけど、根治薬を使ってないから斑紋が出るはずなのに出なかったり、感染性もないような扱いになっている。

この辺がどうにも不思議。

なんか都合よく斑紋を使い分けているような気がする。

この先完結までにこの不思議が解決するかどうかは不明。

まぁわたしの見落としでどこかに答えがあったのかもしれない。

長らく沈黙してました

ずいぶん長い間放置してました。

心身の健康状態があまり良くなく、趣味ネタを考える気持ちの余裕すらない日々でした。

まぁ、転職も失敗してもとの仕事に戻って、給料がちょっと下がって、母親が亡くなって、といろいろ疲れと心労がたたってめまいがけっこうやっかいな持病になりました。

それでも人間の心は潤いを求めるようで、戻った仕事の休憩時間がかなり余裕のある状態になったので、仕事の休憩時間に読書をするようになりました。

読んでるのは主にSFで「ここじゃないどこか」に連れて行ってもらえるのが今のところ、わたしが正気を保てている重要な要素になってます。

まぁ、ここは趣味ブログなので、読んだ作品の感想や思ったところを書いていくのもいいかなと思ってます。

というかそういうネタが出てきたので、再開です。

次のエントリーをお楽しみに。

東の方の喧騒はただ見守るのみ

勝間和代が同性パートナーと生活していることを公表した。

www.buzzfeed.com

わたしは勝間和代は苦手で、表に出す言動の背後に売名があると思っている。

そして相手は渋谷区の同性パートナーシップ条例の申請第一号カップルの一人。

その後「離婚」して紆余曲折を経て勝間和代と同居するようになったらしい。

勝間和代法律婚と法律離婚を二回ずつしている。

見方によっては長続きしないカップルではないかと邪推することができる。

ただ年齢とかの要素を考えれば穏やかな老後を過ごすために同性パートナーとの同居というのはありかもしれない。

まぁふたりともおとなしく老後を過ごすタイプではないように見えるのですれ違いが起こるかもとも思う。

 

記事を額面通りに受け取って読むと、自身が同性に好意を寄せることを受け入れる「アクセプタンス」という過程が重要だと読める。

あとはロールモデルとしてのキャラクターやアライの存在の重要性というのも読み取れる。

LGBTというラベリングとカミングアウトは切っても切れない関係にあるので、その一点のみが注視されがちだけど、やはりまず自分自身のあり方を受け入れることのほうが自分が生きていく上で重要だと思う。

あと、この記事で注意すべきは勝間和代は現在は同性パートナーがいるというだけで、すなわちレズビアンとはならない。過去に男性と法律婚をして子供もいるのでバイセクシュアルの可能性もあるし、記事中でも明言はしていない。

そこは注意して読むべきだろう。

 

twitterでの反応に”東京でも同性カップルとの同居をカミングアウトしにくいことに衝撃を受けた”というようなものがあったけど、地理的条件より勝間和代というキャラクターゆえのカミングアウトのしづらさではなかろうかと思う。

 

勝間和代と付き合いのある人達は祝福のコメントを出しているけど、そのへんはもうちょと眉に唾をつけて成り行きを見守ったほうがいいように思う。

光のある方にあまり向かわない

ゴールデンウィークはプライドウィークでもあってLGBTが集まるイベントやパレードが催される。

tokyorainbowpride.com

わたしが趣味女装を始めた1996年頃はまだ日本では東京で小規模なパレードがあったようななかったような。

関西でも「パレードしたい」という声は何度も聞いた。

1988年、大学生だった頃に学生運動に首を突っ込んで様々なテーマで市民運動と連携してデモにも参加した。

強烈な印象だったのは釜ヶ崎の越冬突入集会で三角公園からあいりんセンター前までの何百mかのデモ。

集会に行く前に「安全靴を履いていけ」と言われて履いていったら、デモの最前列で西成署の機動隊が抑える中をデモして進んでいく。最前列は皆機動隊の盾をガンガン蹴って進んでいく。

まぁ色々未体験だったことを経験しました。

そして元号が変わって京都の天皇制に反対する市民運動の呼びかけでいくつかのデモに参加する。

もちろん他のデモにも参加していた。

その中でふと気になるシュプレヒコールがあった。

「アジア人民と連帯して闘うぞ」

その連帯してくれるアジア人民はどこにいるの?

そうした疑問から迷いが生じて、デモの主旨には賛同するけど、自分はデモ隊に入らないで横歩きをするようになった。

そうした自分自身のデモに対する疑問は今も解決しないままだけど、デモをしたいという人たちを否定するつもりもないし、抗議の声を上げる手段としてデモは行われるべきだと思う。

パレードというとまた違うものなのかもしれないが、学生運動市民運動の経験からすればやはり一種のデモンストレーションだろうと思うので、LGBTのプライド・パレードもわたしの中ではデモの一種として捉えている。

なので「パレードをしたい」という声には「実現したらいいね、でもわたしは参加しないよ」というスタンスでいた。

もうひとつ、わたしがパレードに対して消極的な理由として、わたしの趣味女装の方向性がノンパス、隠さず堂々とというスタンスだということがある。

パレードをしたいという人は数が多く集まることで自分たちの存在をアピールできるという考えの人が多くいる。

おおっぴらにカミングアウトしにくい社会状況(少しはましになっているようには見える)の中で普段はクローゼットの人たちが集まれる場所が一時的にせよできて、声を上げることができるというのは意義があることだと思う。

でもね、隠さないノンパス女装っていうのはね、外出することがそのまま存在をアピールすることなので、要するに「ひとりパレード」なんだよ。

だからいろいろな段取りをしてまで数を集める必要もなく自ら街に飛び出していた者からすれば、最近の大掛かりな仕掛けを見て「ああよかったねたくさん仲間が見つかって、君たちはひとりじゃないんだよ。だけど日常の生活の中での戦いはまずは一人から始まるんだよ」と斜に構えてしまう。

 

わたし自身がはぐれもの、野良犬的な指向性が強いのでどうしても数が集まり、光が集まっている方向にはなびかない隠花植物のようなひねくれ方をしているのは百も承知です。

大迷走

連休に近鉄京都線小倉駅付近に住まう友人宅に車で行った。

ちなみにわたしの自宅は滋賀県南部と北部の天気予報の境目のJR駅近く。

行きは山側へ走って国道307号線に出て、木津川を渡る山城大橋までのたのたと走って国道24号線を北上した。

滋賀と京都の境を超えて宇治田原町に入ったら急に道が悪くなってグネグネ曲がるし、狭いしで散々だった。

てことで帰りは違うルートで帰ろうと24号線を北上して観月橋の手前で宇治川の堤防の道路を走って隠元橋へ。ここで六地蔵方面に曲がればよかったのに直進してしまった。仕方がないので京阪黄檗駅から六地蔵方面に戻って、外環状線に入って山科方面へ。

国道1号線に入ってそのまま1号線→8号線と行けばよかったんだけど、気まぐれを起こして浜大津方面へ。

浜大津から湖岸道路に出て近江大橋、そのまま湖周道路に出ようとしたはずなのに気がつけば浜街道を走ってた。

湖周道路が「さざなみ街道」と呼ばれる辺りで浜街道から湖周道路に出てひたすら近江八幡方面へ。

さらに大中の干拓地を抜けたら東近江市

水車が目印の駐車スペースの角を曲がってすぐの脇道に入ったらうちの近くの県道に出るはず。

ずっと走ってたら途中の橋が工事で通行止め。仕方がないので戻ったけど、途中にあった県道でカーナビを自宅に帰るようにセットしたら、県道を思わぬ方向に曲がれと出た。

そのまま走ってたら水車から抜けていったら出るはずの県道のポイントよりだいぶん行き過ぎた場所に出た。

逆方向だけど自宅まではもう少し。もうナビは要らない。

最寄りのコンビニでお酒を仕込んで、呑みながらこの記録を付けてます。