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ブログ:外の人

マンガ、アニメ、特撮、SF、プロレス、ロックなどの趣味ジャンルで見聞きしたこと思いついたことを外の人の立場でテキトーに書くブログ

沢田研二のソロの行方

沢田研二A面コレクション」なる三枚組を聞いている。

ザ・タイガース解散PYGを経てのソロ活動。概ね年代順にまとめられたこのアルバムを聞いていると、暴力事件での謹慎後「勝手にしやがれ」以後の破竹の勢いに至らなかったら、どうなっていたのかということが気になる。

ソロ活動の初期のシングルはセールス上はかなりの売上があり、復帰後のヒット曲の数々も「時の過ぎゆくままに」のセールスには追いついていない。

人気が加熱しすぎたゆえに起こった暴力事件でもある。

だから売れ続けたのだろうとは思うけど、その頃の曲はメロウなメロディにドラマチックな歌詞を乗せて独自の世界観を構築するものが多く、その路線を続けていても固定ファン以外は衰退していったのではなかろうかと思う。

復帰後は「ザ・ベストテン」などで毎週のようになにかしら歌う機会があったのが大きく、多くのファンに印象に残っているのはこの頃の楽曲だろう。

実際、ヴィジュアルの演出が曲ごとに入れ替わり、巧妙で日本のグラムスターとして他の追随をゆるさないほどの独走と独創を演出した。

 

暴力事件からの謹慎がなくても、どこかで派手なグラムスターとしての覚醒があっただろうとは思うけど、やはり謹慎期間がセルフプロデュースの上で大きな変化をもたらしたことは確かだろうと思う。

 

ザ・タイガースも含め沢田研二の活動期間の全体を通して言えるのはやはり声もヴィジュアルもセクシーなスターで、ドラマ「寺内貫太郎一家」で樹木希林(当時は悠木千帆)が演じるおばあちゃんが身悶えしながら「じゅ りぃぃぃ」と言うのもよく分かるキャラクターだったということだ。

プロ野球の本拠地球場のネーミングライツ

近年はプロ野球の本拠地球場といえども運営にお金がかかるみたいで、球場の名前にスポンサーの名前をつけるネーミングライツが多い。

北から見ていくと札幌ドームはネーミングライツを使ってない。

宮城球場koboパーク宮城となっている。楽天電子書籍の名前がついている。その前はクリネックスが確か名前をつけてた。

千葉マリン球場はZOZOですな。

西武ドームメットライフ

東京ドーム、神宮球場横浜スタジアムネーミングライツなし。

首都圏のセリーグは集客できるんでしょう。

神宮は大学野球でも収入があるし、東京ドームは社会人野球や展示会なんかで幅広く使われている。

ナゴヤドームも地元人気に支えられてどうにかやっているようだ。

関西では京セラドーム大阪がわりと長期間安定してネーミングライツ使用中

ほっともっとフィールド神戸グリーンスタジアム神戸からコロコロと名前が変わっている。Yahoo!BBスタジアムとかスカイマークスタジアムとか変遷してほっともっとフィールド神戸が現在の名前。ネーミングライツのスポンサーも安定していない。

甲子園は阪神甲子園球場と言う名前だが、ネーミングライツ阪神の名前がついているのでなく、阪神電鉄が所有する球場という意味で名前がついている。

マツダスタジアムMAZDA Zoom-Zoomスタジアムでこれはネーミングライツによって付けられた名前。

最後は福岡ドームネーミングライツで変遷しヤフードームからヤフオク!ドームになったけど、球団と同じくソフトバンク系列ですな。

 

 

どこでもドアが普及した世界で

どこでもドアが一家に一台、玄関に直結してれば通勤なんて言葉はなくなるだろう。

だけど、決まった時間に決まった場所に出口が集中した時に何も問題は起こらないのだろうか?

「虎よ、虎よ」ではテレポーテーションの着地先に物体があればジョウント爆発が起こるという事になっている。

どこでもドアの技術的なことを考えると、入口側と出口側の座標をつなぐんだろうけど、出口側の座標は公共の施設などは複数の座標を用意して交通整理はできるかもしれない。

企業のオフィスなんかでも2〜3個の座標があれば交通整理できるだろう。

あとはドアを開けようとしても「busy」が出て少し待たされることくらいはあるかもしれない。

誰かが通り抜けるのを待つだけだから大した時間ではないだろうけど、その一瞬が待てないイラチとかはいるんだろうな。

サービスがインフラになると「当たり前」が大きく変わるので、移動に対する認識が変わった世界では、わずかな遅延も許容されないような窮屈な世界になるかもしれない。

 

余談だがスタートレックの小説で転送が当たり前になった地球で公衆転送ボックスの出口は人家から少し離れたところに設定されている。

いきなり人家の前に転送してくるのは失礼に当たるという文化からそうなったとのエピソードだった。

「倒せ火を吐く大怪獣」を考えてみる

今、KBS京都で放送しているウルトラセブン

主題歌に「倒せ火を吐く大怪獣」という歌詞がある。

残念ながらウルトラセブンは◯◯星人が侵略に来るのをウルトラ警備隊ウルトラセブンが阻止するという話が多く、火を吐く大怪獣はほぼ出てこない。

ウルトラマンのほうが火を吐く大怪獣は多かったかな。

さて、火を吐く大怪獣というのは体の中に炎を作るための器官があって、炎が通る部分は体内の組織も耐熱性をはじめ丈夫にできているのだろう。

体内の組織が丈夫ならおそらく表皮などもかなりしっかりした組織でできていることだろう。

こうした怪獣を倒すためには少なくとも吐き出す炎よりも高温の攻撃が必要である。

そう考えるとウルトラマンスペシウム光線やセブンのエメリウム光線、ワイドショットなどの技は理にかなっているように思う。

破壊力のある光線なのでエネルギーのレベルとしては炎よりも上を行くだろう。

ただし表皮を貫通しないといけない。

貫通すれば体内にある炎を出す器官を刺激した場合は怪獣の全身が爆発することもありうるだろう。

爆発させたくない状況でなら八つ裂き光輪やアイスラッガーが有効な攻撃なのかもしれない。

 

まぁなんだかんだでウルトラマンたちには火を吐く大怪獣を倒すための武器となるものはあるようだ。

4月4日は本当に真ん中か考えてみよう

3月3日は女の子の節句、5月5日は男の子の節句、間を取って4月4日はトランスジェンダーの日ということになっている。

わかりやすい間のとり方であるけど本当に4月4日は3月3日と5月5日の中間の日なのか考えてみよう。

 

3月3日から3月の残りの日は31−3=28日。

4月は30日。

5月は5日まで5日。

28+30+5=63日。

間を取れば32日目が中間ということになる。

3月3日から32日目は3月35日すなわち4月4日。

めでたく中間の日となりました。

桃の節句と菖蒲の節句の間の日を桜の節句としてお祝いしましょう。

東京と同じ商売ができるとは思わないほうがいい

間もなく京都にラーメン二郎がオープンする。関西初出店らしい。

ラーメン二郎というと異様なボリュームや呪文のような注文方法や行列をさばくためのロットという単位で客席を回すことやいろいろとかまびすしいジロリアンたちでおなじみである。

京都に出店するのは叡山電車一乗寺駅のすぐ近く。洛北のラーメン激戦区の一角である。

このエリアは様々な個性のラーメン屋があるので、その時の気分でふらりと入れるのが魅力である。というのはかつてわたしが京都に住んでいた頃の印象なので、最近はどうなっているのかわからない。

それでも激戦区で人気店になり繁華街に支店を出している店も複数あるので、エリア全体として繁盛はしているのだろう。

さて、関西独特というわけではないが、わたしが東京に遊びに行って飲食店で感じたことからすると、関西と東京とでは客と店の関係に多少の違いがあるように思う。

東京では人口が多いせいかマニュアル通りに数をこなしていく感じの対応が多く、客も流れていくパーツのひとつのような感じで、店でくつろぐ感じはあまりない。

クレーム対応も形だけ謝って値引きや返金で対応といった冷めた距離感。

こういう木で鼻をくくったような対応だと関西では「二度と来るか!あほんだら」と言われかねない、言わないまでも思われてしまう。

流石に「お会計」「はいおおきに300万円」みたいなこてこてのやり取りはないにしても多少のボケとツッコミの呼吸くらいはあるし、店も客の財布の紐を緩めてもらうために気持ちよくいてもらおうということは心がけているように思う。

ここで二郎の話に戻るが東京でのやり方と同じようにできると思っているんなら今からでも遅くはないので出店をやめたほうがいい。

おそらくわたしが一番気に入らないのは客をロット単位で回転させるという考え方とそれを守るべきルールとうるさくいう常連たちだろう。

繰り返し言うが洛北のラーメン激戦区の魅力は多様な店の中から選んだ店にふらりと入れることだと思う。行列をロット単位で回す店ではない。

わたしが行列が嫌いなのでこういう意見になっているのかもしれないけど、客を頭数としてしか見ない店より、一期一会でも気持ちよく時間を過ごしてもらおうという店のほうが人気が出るだろうと思う。

 

余談だが東京では店主がえらそうに客に説教する店の中に人気店があるらしい。

なぜ人気になるのか不思議で仕方がない。

関西でそんなことやったら客にツッコまれるか喧嘩になるかだろうな。

 

「森友学園がんばれー」と声を上げる人のメンタリティを考えてみる

趣味ブログで政治ネタを扱う時は基本的に政治ウォッチャーとしての意見です。

 

森友学園の籠池理事長が安倍晋三(現職首相)から100万円の寄付をもらったとマスコミ相手に言っている時に背後で「森友学園がんばれー」とずっと叫んでいた人がいる。

この人のメンタリティを考えてみる。

色々ややこしいのでAさんとしよう。

Aさんは「森友学園がんばれー」と叫ぶほどに森友学園の教育方針に賛同しているのだろう。幼児を虐待していることに賛同しているかどうかは不明である。

色々騒がれて申請を取り下げ、小学校の設置ができなくなった状況でも「がんばれー」と叫べる心境とはどういったものなのか?

がんばっても小学校出来ないんだよ。次の機会にとか思っているんなら大甘である。恐らく次回以後は審査が厳しくなるのは明白で、まともに審査したら森友学園の財務状況では小学校の新設はかなわない。

そうしたことはニュースを見ていればよく分かるんだけど、それでも「がんばれー」と声を張り上げるということは、籠池氏のよほどの信奉者なのか、そもそもの政治的指向の親和性から安倍晋三のシンパなんだろう。

だけど、現状では籠池氏は首相からの寄付金を吹聴した結果として国会への証人喚問を控える身である。

これはそれまで参考人招致すら否決しようとしていた自民党が転じて証人喚問へと至った経緯がある。

なぜそうなったのか?恐らく与党サイドは籠池氏の発言をすべて否定して偽証罪で禁固刑に処すところまで描いているだろう。すなわち尻尾切りである。

ここまで不利な状況の籠池氏を擁護する理由はわたしには見当たらないのだが、それでも支持したい人は、恐らく籠池氏と同様に信奉していた安倍晋三によって切り捨てられていく過程を見ることになるだろう。

安倍政権は何度入れ替わろうとその本質はおともだち内閣なので、そもそものおともだちでない人物は不要と見られれば切り捨てられる。

それでもAさんは籠池氏、安倍政権を支持できるのだろうか?

 

ものすごく余談だが…

籠池氏はいずれ国会議員になりたいという野望があるらしい。

だが様々な資質に問題が発覚している。

それなら教育分野から自民党公認国会議員になった井脇ノブ子のほうが教育に携わる人間としてはまだましな方かもしれない。