ブログ:外の人

マンガ、アニメ、特撮、SF、プロレス、ロックなどの趣味ジャンルで見聞きしたこと思いついたことを外の人の立場でテキトーに書くブログ

シン・ゴジラのカヨコ・アン・パタースンの祖母について勝手に考えてみる

石原さとみが色んな意味で存在感を示したキャラクター、カヨコ・アン・パタースン。

dic.pixiv.net

祖母が日本人らしい。

おそらくパタースン家は代々上院議員をやってるような家系なんだろう。

そうでなければカヨコがあの若さで「将来は大統領」と言い切るのは傲慢過ぎる。

年齢的に祖母は1930年前後の頃に日本に生まれたのではないか。

アメリカに生まれた日系人ではなく、日本に生まれたのだろうと考えられる。

なぜなら上記リンクに書かれているように原爆で不幸になっている。

おそらく1945年に広島か長崎にいたのであろう。

直接的な被爆をしていたのかどうかは不明だが、投下直後の時期に都心部に入った可能性が伺える。

 

ここでパタースン家の祖父について考えてみよう。

当時の政治的な名家なら戦争で戦功を上げることが良しとされたかもしれない。

だけど前線で命を危険に晒すようなことは避けられただろう。

これまでも妄想だが、ここからは更に妄想。

祖父は戦争中は大学(アイビー・リーグだろう)にいたのかもしれない。

そして徴兵で兵役に就き戦後処理でGHQとして日本に来たのではないか。

日本では地方の中間的な責任者に任命される。名家の息子なので一兵卒扱いも出来ず、かと言って大きな責任を任せるには新人すぎるので地方の中間管理職というところだろう。

そして中国地方や九州方面に配属され、現地調査でカヨコの祖母と出会うのであった。

出会ってすぐに恋に落ちたわけではないのかもしれないが、徐々に親交は深まって行くが、ついに祖父がアメリカに帰る時が来る。

その時にプロポーズし、祖母はついていく決心をした。

これは二人にとって大きな決断だろう。

日本は敗戦しているし、その後のGHQの理不尽な要求にも不満は溜まっている。

やはり「アメリカ人に媚を売りやがって」みたいな声は出てくるだろう。

一方でアメリカでも戦争をした相手だし、身内が日本兵に殺された人も多くいるだろうから日本への風当たりは強い。ましてや代々上院議員を排出しているような名家なので、当然のようにWASP的な圧力はかかってくるであろう。

 

それでも二人はなんとか乗り越え家庭を築く。

祖父はおそらく上院議員になっただろう。

カヨコの親にあたる世代、祖父と祖母の子供は当然日米ハーフなだけでなく「被爆二世」の可能性がある。

「祖母を苦しめた原爆」はどういう意味なのか不明だが、第一に考えられるのは被爆による諸症状だろう。

もっと間接的な形で「被爆地から来た」みたいなことで単に日本人だからということ以上に理不尽な思いをしたのかもしれない。

 

カヨコはおばあちゃん子で忙しい両親の替わりに祖母を話し相手にして育ったのだろう。

その中で祖母の思いや苦しみに触れたのかもしれない。

だから祖母のことを思う発言が目立つのだろう。

カヨコの帰属意識はアメリカを「祖国」と言い切っているのでアメリカにあるのだろう。だが祖母の故郷への思いがけっこうな強さになるくらいには日本への気持ちもあるようだ。

 

祖母がアメリカに来てどのような苦労をしたかはいろいろ想像はできるが、それでも孫世代に日本式の名前を付けるくらいには家の中に強い影響を残しているので、想像するに相当に強い意志を持った人物だったのではないかと考えられる。