神武天皇と崇神天皇はどちらもハツクニシラススメラミコトという名前を持っている。
10代崇神天皇は実在の可能性が高い最初の天皇。
ということは9代までは架空か日向を出て東征した間に代替わりしたリーダーではないか?
そしてヤマトを平定したのが10代目だろう。
記紀神話の神武東征のエピソードは実は10代目までの物語。
だから2代目から9代目までは欠史八代として事績が残されてない。
東征の道中には九州北部の諸王と吉備王国という強い勢力があるし、北には出雲王国がある。
出雲は越や諏訪と行き来がありおそらく日本海を使った海上交易をしていた。
これらを平定できないヤマト王権は和平を結んでいるのだろう。
それが国譲り神話として脚色されている。
国譲り神話では高天原から来タケミカヅチに負けたタケミナカタが越を経由して諏訪に逃げて諏訪大社の祭神になっている。
敗走しただけのキャラクターを祭神にするとは思えないので、元々諏訪とつながりの強い神様なのではないか?
関東平野には強い騎馬を備えた勢力が存在していてこれも平定に時間がかかっている。
だからヤマト平定直後の勢力なんて知れている。
結局ヤマト王権なんて流れ者がたまたま奈良のあたりに根を張っただけだったのではないか?
で、豪族とかを協力させるくらいには政治にたけていたくらいだったのだろう。
実際、物部、蘇我、大伴、磯城、葛城といった豪族を従えている。
それが徐々に勢力範囲を広げて本州、四国、九州あたりを平定していったのが古代日本の勢力図なんだろう。